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思うこと

『観察』は見えない構造を見透すこと

Posted on 2017-01-19

 

昨日はブログに惹かれたものにこそ、
なぜ・どこに惹かれているのかを
よくよく観察しようと書きました。

今日は補足です。(笑)

 

■ 目指すは、見たままを細かく見る境地

惹かれた時は、それはそれで感情の高ぶりもあるので
冷静に見ることを意識しないと、意外と考えません。

 

あっイイ!!(感情)

なせ?どこにそう感じた??(知性)

あ、ここもイイ!(感情)

こことこれの組み合わせて新しく感じさせているんだな(知性)

以下同

 

という、感情の発露を契機に
冷静分析のループを回すのですが、
感情・感覚に基づかないと
問いが深まらないというのが持論です。

他の人は実際どうでしょうか?(笑)

 

ただ、感情は特に色メガネを伴うので、
感情の発露は解放しつつ、

見たものをそのまま受け取る冷静さと、

わからないことはわからないと、
ラベル付けをせずグレーを受け入れる
しなやかさもいると考えています。

そこが難しいんだけど!(苦笑)

 

その瞬間に見ただけ・聞いただけでは
わからないことの方が多いからです。

 

■ ムカついた時にも有効

ブラスの要素だけでなく、
感情がマイナスに振れた時にも「観察」は有効です。

自分への観察を始めるのです。

マイナス感情ほど、
思えば昔からどうして自分がそう感じたのかを
細かく分析してみると
わりと単純なキッカケだったりするんですよね。(笑)

 

たとえば、

私、嫌われているかも?

□□□□□□□□□(うまくいかないアレコレ)

○○○○○○○○○(うまくいかないアレコレ)

朝あいさつを返してくれなかった(大元のキッカケ)
(『いいね!』押してくれなかった、でもいいです・笑)

 

相手がどうしてそうなのか、ではなく、
どうして自分はそう感じたのか?と
紐解いていくと、タネ的な契機が見つかります。

脳内ループが難しければ、
書き出すのもさらに冷静になれるので有効です。

 

■ その奥の構造を考える

『星の王子様』の有名な一節、
「いちばんたいせつなことは、目に見えない」のように、
見えている事象はあくまで全体の1部なんですよね。

ですが、見えてる重要な事象の1部分です。

 

観察から、
自分の感じたことを繰り返し問い、
どうしてそうなっているのかを知るのは、

様々な知識ももちろん重要と思いますが、
世界の意味付け・解釈を自分でするために必要です。

自分で考えないで誰が考えるのかと。

 

見えない構造を見えている部分から、
「なぜそうなっているのか」を
聞くではなく「聴く」のように、
見るだけではなく「観察する」ことで
捉え直していく一歩になると考えています。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

それではまた☆

 

*** 今日の雑談 ***

そういえば中学の頃の塾に
人間観察が趣味の先生(女)がいたことを思い出しました。(笑)

男性は観察したことを数値化したがると言うと語弊がありますが、
女性と比べて細かさの方向性がちょっと違うなと思うことがあります。

【 昨日の1日1新 】
いとはん・蒸し鶏のサラダ

※詳しくは→「1日1新

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