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思うこと

知っているのなら、それを語ろう。

Posted on 2015-04-04

近頃、『シェアする』ことの意味をやっと理解してきたカンジがするので、
現時点で思うことをブログに記します。

 

♦ それぞれの専門家が語りだす

現在では知識を語るのは
アカデミックな専門職の特権というわけではなくなりました。

インターネットによって、
その道で有名なとってもスゴイ人も情報発信していますし、
私のような市井の者でも容易に情報を発信することができるようになったのは
やっぱり恩恵が大きいです。

たとえ玉石混合だとしても、
人の趣味・興味・こだわり・経験には視点の面白さや学べることが多くあり、
知恵に関しては知識と同様にあればあるほど、多様であることで、
何かもっと面白い変化の生まれる可能性が高くなります。

 

そうはいっても、私がそうだったのですが、
自分が語るなんてと、あまり好みませんでした。

理由はいろいろありますけど、
「自分には語れることなどない」と考えていたのも一つあります。

それは自分にとって当たり前すぎて、
知っていることを知らなかったから。(苦笑)

デザイナーという専門職の私ですらそう思っていたのだから、
特に専門職や珍しい業界・職種に就いていないとか、
趣味や好きなものがないと思っている人は(そう思い込んでいる場合が多そうですが)、
その考えは特に強いかもしれません。

 

♦ 知っていることを語ること

ブログやSNSにおいて、何かしら語っている人は
「自分こんなこと知っているぜ!考えているぜ!すごいだろ!!」という方も
中にはいらっしゃると思われますが、大概は謙虚なビビりをもって、
あえて言い切ってる場合がほとんどなのではないでしょうか。

個人的な見解ですが、それほどハートの強い人ばかりでも、
始めからできる人は多くはありません。(笑)

ですので、自分が「ちょっといいな」と感じたことやものの、
その感じた部分と知ったことを言葉にして語ることは、
至らなかろうが、十分にアリな行為なのです。

 

その、自分が知っている情報を人へ伝えることが
「シェア」の始まりだからです。

 

それでも残念ながら「自分のちょっといいと思う部分」を出しても、
特に最初は誰からも見向きもされない可能性は高いです。

しかし、現実には誰のどんな「価値のあるもの」になるかは
出してみなければ、自分では決してわからないのです。

あらゆる人のためになることはできないのが真実なら、
たとえ一人でも気づきや学びのきっかけになれば、
もしかしたら、もうそれで十分なのではないでしょうか。

 

この、誰かが知ることで気づきや学びを得て、
何かが起こる可能性を信じ、自分もその恩恵にあずかれることを
『シェアする』ことの本質ではないかな、と
やっと腑に落ちてきたところです。

そりゃあ、TEDは面白いわけです。(笑)

 

あと、シェアすることで
シェアした本人の受ける恩恵は何かとも考えたので、
そのことは明日に続けます。

 

 

今日も来てくれてありがとうございます^^

それではまた!

 

*** 今日の雑談 ***

今日の午前中は茶道のお稽古。
4月に入ったので炉が釣釜になっていました。
春になると『釣釜』という仕様になると思っていただければ。(笑)
午後はYさんとサシカフェ(サシでカフェで会う)。Yさん、ありがとうございました!

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