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デザイン

新しい関係には、新しい“カタチ”がいる。

Posted on 2015-03-25

さて、引続き「デザインって何?」というのを
自分なりに見つめ直しています。

人は“知覚”しているが、“認知”はしていない。

 

♦ 問いと一応の答え

デザインは概念的で抽象的なところから設計思想や機能性、
色や柄などのわかりやすく目に見えるところも含め
同じ「デザイン」という単語を使うので、ややこしくなることが多いです。

つい最近、「デザイナーの役割とは」との問いに、
「そのものから“美”を見い出すこと」と思ったんですが(概念的にですよ)、
それはちょっと捉える範囲が狭かったと感じています。

たとえば、ものや花などをみて、
最も美しいと思える角度や光と陰影の具合を見つけられるのは
それはそれで価値のあることなんですよね。

写真を撮るとき、同じ被写体なのに
すごくいいカンジの写真と、
なんだかそうでもないカンジの写真との差を思ってください。(笑)

それがまぐれなのか、いつも撮れるのかで
素人とプロの差になります。

 

♦ 見えていないものの中から何を見い出すか

「そのものから“美”を見い出すこと」が
なぜ捉える範囲が狭いと感じたかというと、
「“美”を見い出すこと」だけが本質を掴むことなのではなく、
「見えていないものの中から“何を”見い出すか」が重要ではないかと。

今の時代、さまざまな技術の発展で
人と人とのコミュニケーションのあり方が
ほんの数年前と比べても大きく変わりました。

人は変わっていなくとも、
コミュニケーションのあり方が問われるとき、
新しい関係のあり方が求められ、
そこに新しい“カタチ”が必要になってきます。

 

“カタチ”はなにもプロダクトのような物体とは限りません。

ITも含んだ(これからなら人工知能も入れときます・笑)
情報のあり方、集め方、まとめ方、見せ方もあり、
全て人間同士のコミュニケーションをどうとっていくのかに関わります。

新しい関係が求められているとき
(コミュニケーションのあり方が問われているとき)には、
そこに新しい機能を備えた“カタチ”が必要になってくるのは
なんとなくでもご理解いただけるのではないでしょうか。

なぜなら、今までの“カタチ”では
その新しさに対応できない可能性が高いからです。

 

長くなりそうなので今回はこの辺で。
次に続きます。

それではまた!

 

*** 今日の雑談 ***

今月に入りとある習慣を止めました。それはホットヨガに通うこと。
通っていたスタジオが流行ってきて混むようになり、
さらにこれからの季節はもっと混むのが予想されるからです。(混むのは苦痛・苦笑)
その代わりにヨガのDVDをいくつか購入したので、ヨガ自体は地味に続けようと思います。
(だって気持ちいいんですよ〜笑)

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