am blog am blog am blog

思うこと

自分が死んだ時、それを伝える順番から残した祖父

Posted on 2014-07-24

母方の祖父が亡くなってから10年ほど経ちます。
生きていれば90代前半。

 

♦ キレイ好きな人だった

祖父は日本橋出身の江戸っ子で、家業の帯問屋を経営していました。
若い頃は京都の呉服屋へ丁稚奉公に行っていたらしいです。
(祖父の父が亡くなったのをきっかけに東京へ帰ってきたらしいです。
その後戦争にも…。生きて帰ってきてくれたから、今わたしがいます。)

着物関連の商売のためか、祖父母宅はいつもキレイ。
祖母はそうでもないカンジでしたが、
祖父はいつもなにかしらキレイにしているイメージです。

お風呂や休日の夕食後の食器洗いなどしていたのですが、
この年代の男性には珍しいと気づいたのはだいぶ後です。
(当時、祖母は台所の床掃除をしたことないと豪語していました。)

水回りはいつもキレイにしていなさいとか、
部屋はいつもキレイにしていなさいとか、
「キレイな方がゆっくり休めるから」と言っていました。

私もまあまあキレイ好きな方なので、
よく褒められていたのが今は懐かしいです。

 

♦ 社員のことを考えていない社長のところで働くな

20代の頃、転職したのを報告に行った時、
福利厚生のない中小企業だったのを、こう言われて止められました。

経営者である祖父からすると、
いくら不景気であろうと社員の生活に関わる制度を整えない会社は
社長が社員のことを考えていない会社だという判断をしたのだと思います。

孫がそんな社長のところで働くのはイヤだったのでしょう。

デザイン系では福利厚生のない小さな会社は少なくないのですが、
その視点がなかった私には十分なくらいの衝撃でした。
(その会社にはわかった上で決めていたので数年勤務しましたが。)

それでも、社員に対して誠意のない向き合い方をしている会社に
(何の基準をもってそう言うかは別としても)、
雇われる方から選んではいけないのだと自覚するキッカケとなりました。

 

♦ 自分が死んだら、伝える順番を残した祖父

祖父は準備がとても良かったです。

何より一番の準備は、祖父は祖母が困らないようにと、
自分が死んだらそれを知らせる順番をちゃんと残していたようなのです。

生きていた頃に、祖母が縁起でもないとぼやいていたのですが、
このきめ細やかに心配事を全てクリアしていく姿勢は
さすが戦後の復興を支えた一経営者だと、
その当時はわかりませんでしたが、今は思います。
(「かあさんが心配だ〜!」とやり取りしてました。笑)

 

♦♦♦ まとめ ♦♦♦

「ビジネス」って言うとスマートで汗をかかないイメージがありますが、
「商売」と言うと祖父を思い出します。
毎日「あきない」でコツコツやるイメージです。

今こそ、いろいろ話を聞きたかったです。

もっと多くを聞いていたのですが、ブログではここまでにします。(笑)

東京のお盆(7月15日前後)はもう終わっていますが、
たまには墓参りでも行きましょうか。

 

それでは今日はこの辺で!また明日

 

*** 今日の雑談 ***

夏が始まったとたんに猛烈な暑さです@東京
エアコンを開発した人に感謝を捧げたいです。(笑)

Related Posts